コヒーレンスを作るためのHRVトレーニングを行った高校生の野球選手は、トレーニングを行わなかった選手たちに比べ、打撃成績を3倍程度も向上させたことを証明した心理学実験を紹介します。
実験を行ったのは、アライアント国際大学大学院(サンディエゴ)の博士課程に在籍するベン・ストラック氏。ストラック氏はハートマスとは無関係の人物です。そして、この実験では、フリーズフレーマーもエムウェーブも使われていません。
しかし、彼が選手たちに指導した「HRVトレーニング」では、5秒で吸って5秒で吐くといった呼吸法やバイオフィードバック機器を用いることにより、エムウェーブであれば「緑(グリーン)」と判定される「心拍リズム=コヒーレンス」を目指したことから、エムウェーブを使ったトレーニングとほぼ同じであると考えられるので、紹介することにしました。
この実験結果は、彼の博士論文としてまとめられました。厳密な心理学研究の一貫なので、心理学研究に不慣れな読者の皆様には、少し読みづらいところもあるかもしれませんが、最後までお付き合い下さい(私も120ページにも及ぶ英語の博士論文を読んでくたくたになりました・・・)。
————————————
ストラック氏は、アメリカ学生1部リーグでも活躍した野球選手であり、2002年の大リーグオールスターの前夜祭に行われたホームラン王コンテストで、打撃投手を務めたほどの実力者です。現在は、地域のハイレベルな野球選手を指導するベースボールアカデミーにおいてメンタルコーチをしています。
■実験計画
実験に参加したのは、南部カリフォルニアの高校野球部に所属する15-19歳の58名の野球少年です。参加者は「無作為に」HRVトレーニングを受ける実験群と、トレーニングを受けないコントロール群に振り分けられました。
実験群とコントロール群の選手たちは、6週間にわたり、週に1回、ベンがコーチを務める野球教室の施設に集まり、30分間のグループ毎に異なったトレーニングを受けました。
実験群の選手は、毎回、バイオフィードバック機器を使ってコヒーレンス状態を作る呼吸法の訓練を受けました。さらに、緊迫したプロ野球の試合を録画したビデオを見ながら、打席に立っているのをイメージし、コヒーレンス状態を作る練習を行いました。最後の10分間は、コヒーレンス状態を保てるように意識しながら、実際にグラウンドでボールを40球打つ練習を行いました。
コントロール群の選手も、毎回、緊迫した試合を録画した30分のビデオを見ました。また、最後の10分間は、実験群の選手と同様に、実際にボールを40球打つ練習を行いましたが、このときにも特に指導を受けることがありませんでした。
■効果測定
この研究においては、心拍数などの生理指標、不安などの心理指標とともに、実際にボールを打つ精度がどれだけ向上したのかが測定されました。
この測定のために、6週間のトレーニングに入る前に、選手たちは、バッティングコンテストに参加し、ピッチングマシンによる20球のボールを打ちました。そして、選手がどちらのグループに属しているか知らない野球コーチが、その打撃成績を、ボールの方向性・強さなどの面で評価し、得点化しました。
また、6週間のトレーニングのあと、同じようにバッティングコンテストを開催し、20球の打撃精度を評価しました。コンテストの商品として、2回のコンテストの打撃成績が高かった選手には、ドジャースタジアムでの打撃練習が許可されるなどの特典が用意されました。
■注意事項
バッティングコンテストにおけるピッチングマシンの設定は、2回とも時速75マイル(120キロ)を予定していましたが、ベンは、2回目のバッティングコンテストの際に、ピッチングマシンの設定を誤り、2回目を時速70マイル(112キロ)としてしまいました。
■結果
2回のバッティングコンテストにおける各選手の結果を比較したところ、実験群の選手たちは、平均で60%、打撃成績が向上し、コントロール群の選手たちは21%の向上をみせました。
統計的には、両グループにおいて、介入前後の有意差が確認されました。しかし、コントロール群の介入効果からか、グループ比較における有意差は確認できませんでした。
■考察
先述の通り、2回目のコンテストでは、5マイル(8キロ)も遅いボールであったため、両グループにおいて打撃成績は向上しました。しかし、コヒーレンストレーニングを受けた実験群の選手は、コヒーレンストレーニングを受けていないコントロール群の選手に比べ、3倍近くもの向上を見せたのです。
さらに生理指標の測定からは、実験群の選手たちは、コントロール群の選手たちに比べ、練習を重ねるにつれ、コヒーレンス状態にスムーズに入ることができるようになっているのが確認されています。
また、実験群の選手の中でも、よりコヒーレンスに近づけるようになった選手ほど、打撃成績がより高まったそうです。
この結果から、バイオフィードバック機器を活用したHRVトレーニングによって、実験群の選手たちは、コヒーレンス状態に近づく方法を学び、コヒーレンス状態が打撃成績の向上を実現したものと、ベンは考えています。
なお、心理指標として、不安尺度やフロー尺度なども測定しましたが、統計的な有意差などは見受けられなかったそうです。
【補足】
最近、中学や高校の野球部でも、メンタルトレーニングを取り入れるところが増えています。メンタルトレーニングは、大きく「動機づけ」と「集中力」に分類できますが、まだ多くが、前者にばかり目を向けているようです。
「甲子園出場」といった目標設定の重要性には疑いの余地はありませんが、エムウェーブを使った「集中力トレーニング=不安や過緊張のコントロール」といったものも、本当に簡単に実践できて、効果が期待できるのですから、是非、目を向けて欲しいと思います。
「自分は上達している」という実感こそ、口先だけでない「動機づけ」につながるのではないでしょうか?